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2008年10月

タイムカプセル - 15

「亜美さん、大丈夫?」

 剛が私の顔を覗き込んだ。

「たぶん。」

 きっと私の顔は酷い状態になっていたと思う。自分ではもう顔の感覚がなかった。

「ちょっと待って。」

 と言うと、剛が消えて行った。

 しばらくすると、濡れタオルを持って来て、

「ほら、これ。」

 と、私の顔を拭ってくれた。

 かなり血が出ていた。口の中のぬるっとした感触は血だったんだと、初めて気が付いた。鼻血まで出ていて、殴られて血を出すなど生まれて初めてで、タオルに付いた血を見て、何だか怖くなった。

 まだ感覚の戻らない顔の感じと、今さら感じた恐怖感と、剛に対しての申し訳ない気持ちで、涙が溢れた。

「ひっで〜、なんで女にこんなことできんだよ。女に手を上げるなんて最低だよ。」

 剛が言った。

「剛君、ごめん。こんなことさせちゃって。ごめん・・・。」

 最低な私。結局、剛を利用したのかも知れない。それでも、タイミングが悪かっただけなのだ。もし隆一が今朝来なかったら、自分一人で隆一のことを片付けて、それから剛とこうなることだってできた。ただ、夕べの今朝では、あまりにもタイミングが悪過ぎた。

「いいよ。亜美さんのこと好きになった時から、きっとこんなことなしには手に入れられない人だと思ってたから、実はずっと前から覚悟してた。ただ、まさか、ほんとにこうなるとは思ってなかったけどね。」

 二人で玄関の床にへたり込んだまま、私たちはずっと抱き合った。

 剛の体がとても暖かかった。

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タイムカプセル - 14

「止めて〜。」

 私は咄嗟に叫ぶと、剛を助けに行った。助けると言うよりも、二人の間に分け入った感じだ。

「麻沙美、何だよこの男。どういうつもりだよ。おまえ本気なのか?」

「本気よ。」

「何だと〜?」

 そう言うと、隆一が私の腕を掴んだ。そして、スローモーションで彼の握りこぶしが私の顔に近付いて来た。左顔面にすごい衝撃が走って、反対側の玄関の横の壁に激突して床に崩れ落ちた。一瞬、何が起こったのか、自分でもよく分かっていなかった。一瞬の激痛の後、顔が自分の顔ではないような感覚で、顔全体に一瞬に麻酔をかけられたような感じになった。

 こんなこと生まれて初めてだった。高校の時に、誤解された部活の先生に顔を平手打ちされたことは一だけ度あった。それ以外、親にも顔など殴られたことはない。親は流石に顔を叩くことはしなかった。私は玄関の床にへたり込んで、ショックで動けなくなった。

「おまえ、俺の女に何すんだよ〜。」

 剛がそう叫ぶと、隆一に襲いかかった。さっきまで控え気味に思えた剛が、本気を出したのか、隆一をぼこぼにし始めた。しばらくすると、隆一は体格や力では剛には叶わないと思ったのか、

「こんな女、おまえにくれてやるよ。」

 そう捨て台詞を吐いて、出て行った。

 ここで少しでも頑張ってくれれば、少しは隆一を見直したかも知れない。でも、彼に、もう何の未練もなかった。一度は運命の人かと思ったけれど、最初の盛り上がりとは裏腹に色んな仕打ちも受けた。それに一度は別れたのだ。隆一の方からだんだんと音信不通になって、待ち合わせた旅行先のホテルに、結局隆一は現れなかった。ただ最近になって、地方勤務が決まったことを連絡すると、よりを戻したいと言って来た。運命の人だと、最初の出会いで思っていただけに、そのままよりを戻してしまっていたのだ。自分の気持ちもよく分からないままに、ただ最初の運命的な色んな出来事が、私をそうさせてしまっていた。

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タイムカプセル - 13

「だ、誰だよ、お前?」

 隆一が驚いたように言った。

「お前こそ誰だよ?」

「俺は亜沙美の彼氏だよ。」

「“古い”彼氏だろ? 俺が“新しい”方だから。」

 剛が嫌みっぽく言った。

「な、なに〜? いいから亜沙美を出せよ。亜沙美に直接確認する。亜沙美〜、いるんだろ? 出てこいよ。こんなのないぜ。」

 隆一が部屋の中に向かって叫んでいた。私は玄関からは見えない所で、二人の会話に聞き耳をたてていた。

「亜沙美はもうお前には会わないって言ってる。帰ってくれ。」

「お前には関係ねえよ。」

 隆一がそう言うと、続けてドスっと言う音がした。

「うっ。」

 剛のうめき声。剛が殴られたと思った。

「このやろ〜。」

 剛がそう言うと、二人が殴り合う鈍い音が続いた。ドアや壁に体が当たっているんだろう、部屋中にどんどんと言う音が響いた。

 私は壁から少し顔を出して、二人の様子を見た。隆一が剛の肩を掴んで、顔を殴っていた。剛の口から鮮血が滴り落ちる。剛の方が体が一回り大きいのに、剛は本気を出して殴ることをせず、されるがままになっているような気がした。

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タイムカプセル - 12

 ピンポーン。

  もう一度ドアベルが鳴った。

  玄関まで行くと、外から

 「亜沙美ー、俺だよ。」

  と隆一の声が聞こえた。

  すぐそこに、まだトランクス1枚のままでいる剛がいた。戸惑っている彼に、

 「指輪の人。」

  と一言、言った。

 「どうするの?」

  そう剛に聞かれても、何だか辛い。

 「剛君、出てくんない?」

 「な、何で俺が?」

 「何でって・・・。剛君さ、私をどうしたいの? 私とどうなりたいと思ってんの?」

 「・・・・・。」

  何も言わない彼。

  もう、バカ。優柔不断。

 「じゃあ、いいわよ。靴も荷物も全部持ってクローゼットに隠れて。でないと見つかっちゃって、結局同じことになるから。後は私が私のしたいように片付けるから。」

 「いいよ。じゃあ、俺が出るよ。俺がしたいようにしていいんだよね?」

 「うん。それでいい。」

 「もう二度とこの人に会えなくなっても?」

 「うん。いい。」

 「分かった。」

  外では隆一がまだ叫んでいた。

  剛がドアを開ける。裸でトランクス1枚のまま。

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タイムカプセル - 11

「すっきりいー。」

 シャワーが終わると、剛がトランクス1枚のままタオルで髪をごしごし乾かしながら出て来た。体がかなり引き締まっていて、見るだけでドキっとした。何処に目をやったらいいのか分からず、そのまま料理を続ける。

「何してんの?」

 彼がそのままの格好で私の傍に来て言った。

「見れば分かるでしょ、朝食作ってんの?」

「俺の?」

「私と剛君の。」

「うっわー、楽しみ。亜美さんの初手料理。」

「手料理ってほどのものじゃないけどね。それよりさ、その格好どうにかしてくんない?」

「え?」

「何か着てって言ってんの。ばか。」

「え? ああ、ごめん。でも亜美さんなんかいつも男いるんだから、慣れてるでしょ、こんな格好?」

「ちょっと、そんな誤解を招くようなこと言わないでくれる? いつもいる訳じゃないわよ。」

「そっかなあ。俺がいる時にでも、誰が別の男が現れたりして・・・。」

 剛がそう言った時、すごい偶然のタイミングでピンポーンとドアベルが鳴った。

「ほら、噂をすれば、だよ。誰? ヤバくないの?」

 隆一かも知れない。そう思うと、心臓がバクバクし始めた。

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タイムカプセル - 10

「剛君、いい加減起きなよ。もう9時だよ〜。」

 台所から叫んだ。

「ん〜〜〜。」

 寝ぼけて、変な声を出す彼。

「剛く〜ん。」

 もう一度叫ぶ。

「あ、亜美さん、なんでここにいるの?」

 彼がベッドからガバッと体を起こして、慌てるように言った。寝起きはかなり良いらしい。

「なんでって、ここ私のマンションなんだけど・・・。」

「え?」

 彼は辺りを見回し、今の状況にやっと気付いたようだった。

「なんで俺ここにいるの?」

「なんでって? 覚えてないの?」

「まっっったく、覚えてない。」

 彼は全くの部分を強調するように言った。

「ふ〜ん、じゃあなに、剛君って、知らない間に女の子の部屋に来て、何したかも覚えてないとか、そんなことよくあるんだ?」

「いや、こんなことは初めてだよ。それより、俺、夕べ何か変なことした? 亜美さん夕べ何処で寝たの?」

「ベッドで寝たよ。」

「ベッドってこの?」

 彼が自分が今いるベッドを指差す。

「うん。剛君の腕枕で寝た。」

「うそ? ほんとに?」

「ほんとに。」

「うっそ、全然記憶がない・・・。お、俺、他に何かした?」

「何かって?」

「だから、その・・・。」

「したよ。」

「うそ? まじ? か〜〜〜、全然覚えてない。」

 彼は悔しそうな言い方をした。

「ひっど〜い。」

 私はわざと女々しい声を出した。

「な〜んて、うそだよ。悲しいくらい全く何もなかったから、とりあえず安心して。」

「そう・・・良かった。覚えてないなんて最悪だからな。」

 彼は独り言のように言った。

「いいから、剛君シャワー浴びたら? バスルームはそこ。中の棚にタオルあるから使って。」

「じゃ、そうしよ。」

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タイムカプセル - 9

 ぐでんぐでんになった剛を、仕方なく自分のアパートに連れて帰った。こういうのをお持ち帰りと言うんだろうか、と思いながら。

  剛の家は知らないし、ほとんど意識もなくて、こうするしかなかった。

  時間はもう夜中の2時。

  剛は175センチ、たぶん70キロくらいはありそうながっちりした体格で、155センチの私にとっては巨体だった。そんな彼を半分おんぶするように歩くと、タクシーから部屋までの距離がとても遠く感じられた。

  部屋のベッドに彼を運ぶと、流石にスーツのまま寝かせられないと思い、服を脱がせてトランクス1枚にした。彼のためにそうしているつもりだけれど、自分が何だか変態のような気がしないでもなかった。

  しかし、ここで、ふと思う。うちにベッドは一つしかない。私は何処で寝たらいいの? ソファーなんてないし、布団もない。ベッドの上の一式が、この家の唯一の寝具だった。春先のこの季節では、フローリングの床にそのまま寝るのなんて寒すぎる。

 「剛く〜ん、ベッドで一緒に寝てもいい?」

  意識のない彼に話かける。優しい寝顔だった。

 「いいよね?」

 「・・・・・。」

 「じゃあ、そうする。」

  私は勝手に自己完結し、パジャマに着替えて、剛の隣に入った。

  少し狭いセミダブルのベッドで、私は勝手に彼の腕を枕にして寝た。

  幸せだった。

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タイムカプセル - 8

「はいよ。じゃあ、これは俺のおごりだ。おめでとう、剛。」

 マスターがそう言いながら、バーボンのグラスを剛の前に置いた。

「え? おめでとうって?」

 剛が聞き返した。

「おまえと亜美ちゃんだよ。」

「え?」

「やっと念願の『亜美さん』をゲットしたんだろ?」

「・・・・・。」「・・・・・。」

 沈黙する私たち。

「え? 何? 今日はデートじゃねえの?」 

「あ、いや・・・そう言う訳でも・・・。」

 剛が口籠った。

「デートじゃねえの?」

 マスターは、今度は私のことを見て言った。

「え? んー・・・。」

 私も口籠る。何と言ったらいいのか分からない。

「でも、一緒に来てるってことは、亜美ちゃんにもその気はあるんでしょ? 剛に対して。」

 マスターが、今度は私を問い詰め始めた。

 剛も私のことを見ている。

 心臓がドキドキし始めた。初対面のマスターにそんなこと言えるが訳ない。おまけに剛本人の前だし。私は何も言えなかった。

「亜美ちゃん、赤くなってるよ。」

「もう。止めて下さい。マスター。」

 私は焦っていた。矛先が私に向くとは思ってもいなかったことだった。

「こりゃ脈ありだよ、剛。良かったな。」

「え?」

 剛が私のことを見る。

「そうなの?」

 と、おまけにわざわざ聞いて来る。

 もう、ばか、じゃなかったらキスなんかする訳ないでしょ、そう思いながら、私はマルガリータを一気飲みした。

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タイムカプセル - 7

 「おっ。剛、久しぶり。」

 バーカウンターの中に黒いスーツを着た男性が現れ、私たちの会話を遮った。年の頃は40前後というところか。すらっと背が高く、日焼けした顔が印象的で、渋い大人という感じ。バーの雰囲気にとても似合っていた。

 「うっす。」

 剛が知り合いらしい軽い返事をした。

 「剛に連れがいるなんて珍しいな。それもこんなに可愛い子が・・・。おい、ちゃんと紹介しろよ。」

 「え、ああ。大学のサークルの先輩で清水亜沙美さん。こっちは・・・。」

 剛がその男性のことを私に紹介しようとする言葉を遮って、

 「亜沙美ちゃんか。初めまして。僕はここのオーナーでマスターの小林貴史です。よろしくね。」

 と、マスターが言った。

 「清水亜沙美です。よろしくお願いします。」

 「剛の先輩なんだ。年上には見えないけどなあ。剛の方がよっぽどおじんだよ。」

 「サークル仲間でも剛君は保護者で通ってますからね。」

 「やっぱりそうなんだ。」

 私たちは剛をネタに笑った。

 「亜美さん、そんなこと暴露しないでよ。」

 「え、ああ、ごめん、ごめん。」

 私は言葉では謝ったけれど、ちっとも悪いと思っていなかった。剛はとても落ち着いた大人の雰囲気を持っていて、サークルの仲間でも一番年上に見えた。男性が落ち着いて見えるのは、悪くない。

 「え、亜美さん? 亜沙美さんじゃないの?」

 マスターがいきなり聞いた。

 「亜沙美ですけど、短縮系の亜美の方でも通ってるんです。」

 「そっか、亜美さんか。君が剛のよく言ってる亜美さんだったんだ。」

 「え?」

 「いや、こいつね、昔っから亜美さん、亜美さんってよくここで酔っぱらって愚痴ってたよ。」

 「え?」

 「マ、マスター、止めて下さいよ。」

 剛が隣から焦っているようなちょっと大きな声を出した。

 「そうじゃねえかよ。亜美さんがつれないとか、亜美さんに男がいるみたいだとか、自分は何もできねえくせに、一人で落ち込んでたろ。」

 剛は気まずい顔をしながら、グラスのバーボンを一気に飲み干した。

 「もういいだろ、マスター。それよりもう一杯。」

 「はい、はい。分かりました。」

 マスターはそう言うと、剛の2杯目のバーボンを用意し始めた。

 「まったく、おしゃべりなやつ。」

 剛がぽつりと言った。

 「今のほんと?」

 剛の顔を覗き込む。照れているのか、困っているのか、何も答えない彼。どうもほんとのようだった。

 「そっか、ありがと。」

 そうだったんだ、と思った。ついさっき、何となく彼の気持ちに気付いたけれど、そんなに昔からだったんだと思った。かなり年上に見える見かけとは裏腹に、可愛い人だと思った。嬉しかった。

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タイムカプセル - 6

 彼の行きつけのバーと言うのは、さっきのカラオケ店から5分くらい歩いた所にあった。新宿三丁目の駅に近い所のビルの5階。行き着けでない限りなかなか知らなさそうな、分かりにくい場所にあった。

 薄暗いそのバーはかなり狭く、カウンター席と二人かけの小さなテーブルが3つあるだけだった。私たちの他にはカップル一組とカウンターにいる男性一人のみ。私たちは男性から少し離れたカウンターの反対側に座った。心地よいジャズが低く流れていて、とても雰囲気が良かった。

 剛がバーボン、メーカーズ・マークのロック、私はフローズン・マルガリータを頼んだ。

 「ところで亜美さん。その指輪ってどうしたの?」

 彼は開口一番に言った。私の左手の薬指を見ている。

 「え、これ・・・? もらった・・・。」

 隆一にもらった指輪だった。婚約ってほどではないけれど、私が地方に行く前にと彼がくれたもの。とりあえず付けているけれど、その辺りで買った安物で、私はちょっと苛立っていた。

 一緒に買いに行ったのだ。だから、これが金でも銀でもプラティナでもなく、ただのメッキ物の2000円もしないおもちゃだと分かっていた。隆一だって経済的に色々とあるのかも知れない。しかし、こんなのは逆にショックだ。ない方がまだましだ。中学生や高校生じゃあるまいし。

 「ふーん。」

 彼は自分から聞いておいて、なのに興味があるのかそうじゃないのか、何とも言えない返事をした。

 「あ、でも、もういいのよ。」

 私は咄嗟に薬指から指輪を外して、バッグの中にしまった。

 「え?」

 「婚約指輪って訳じゃないし、ただの安物のおもちゃだから。」

 「い、いいの? そんなことして?」

 「いいの、いいの。大したものじゃないから。それに、自分でもどうしたいのか分かってないし。」

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タイムカプセル - 5

 カラオケ店を出ると、すぐ横にある電信柱を背もたれにして彼が目を閉じていた。まだ眠いんだろうか。

 「剛君、大丈夫?」

 「あ、いや、大丈夫。亜沙美さんこそ、大丈夫?」

  目を開けて、彼が言った。

 「私は平気、そんなに飲んでないし。」

 「うっそ、かなり行ってたと思うけど?」

 「あれくらい平気よ。」

 「まあ、そうかもね。俺より強そうだし。ところで何処に行く?」

 「剛君の方がよく知ってるでしょ、地元だし。」

 彼は東京の出身で仕事も東京だ。私たちの大学も東京。

 「う〜ん、じゃあ俺の行きつけのバーでもいい?」

 「ふ〜ん、剛君にもそんなとこあるんだ?」

 私は彼をちょっと子ども扱いするように言った。

 v「亜美さん、あのね、俺ももう18じゃないんだから。」

 彼は私のことを亜沙美と言う時と、短縮して亜美と言う時と両方あった。他のメンバーはほとんどが亜美の方を使うのに、彼だけはどう言うわけか二通りの呼び方をした。どう使い分けているのかは分からない。

 「ふーん。いくつになったの?」

 「あなたより一つ下です。」

 彼はちょっとふざけて言った。

 「じゃあ、まだ22か。」

 「それって、かなりサバ読んでない?」

 「はは・・・、ちょっとだけね。」

 本当は、私はもう27、彼は26のはずだ。

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カイムカプセル - 4

 右手の人さし指で寝ている彼の胸をつつく。

 まだ、気付かない。

 もう一度、今度はさっきよりも強くつつく。

 そうすると、彼は体を少し動かすようにして、ゆっくりと目を開けた。そのままぼ〜っとした感じで、私のことを見る彼。一回ゆっくりとまばたきをすると、彼の右手が私の首の後に伸びて来た。そして、そのまま引き寄せられて、小さなキスをした。襲うのは私のはずだったのに。私が抵抗せずに受け入れていることを知ると、彼は今度はさっきよりも長いキスをした。

 私、剛君のこと好きなんだ。キスの途中で、ふと自分の気持ちに気が付く。そして、彼の気持ちにも。

 良い人だとは思っていた。クリスマスとか私の誕生日とか、何だか色々としてくれる人だとは思っていた。よく考えたら節目節目に二人で会って食事したり飲みに行ったりしていたし、わざわざ出張先の海外から電話をくれたり、何か送ってくれたりもしていた。そう言えば、私が田舎に帰省した時、わざわざ遊びに来てくれたんだっけ。ただ、それでも彼が私を思っていてくれているとは知らなかった。と言うか、私は気付いていなかった。これまで彼は「好きだ」とか「付き合いたい」とか何も言ってくれなかったし、そんな人は初めてだったから。彼は積極的なようで消極的だった。

 「二人で出ようか?」

 体を離すと、彼が言った。

 「うん。じゃあ、荷物取って来る。」

 「俺、下で待ってるから。これみんなに払っといて。」

 そう言うと5千円札を無造作に私に渡した。

 「うん。」

 部屋に戻ると、メンバーの中で一番歌の上手な顕子が熱唱しているところだった。

 カラオケに来てもう2時間、みんなかなり酔っているのをいいことに、

 「これ、二人分のお金。」

 幹事の後輩の山ちゃんに有無を言わさずお金を渡し、誰にもちゃんと挨拶もせず部屋を出た。後になってきっと、清水亜沙美のやつ何と白状なんだ、と私がさっき剛君に対して思ったように思っているに違いない。ただ、この仲間だったら何でも許された。こんなことで本当に怒る人などいない。ただ、私たち二人のことを勘ぐる人はいるかも知れない。

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タイムカプセル - 3

 剛君いないな・・・、みんなとのカラオケの途中で、さっきまでいた彼がいないことに気が付いた。先に帰っちゃんたんだろうか? みんなに何も言わずに? 何て白状なやつ。少し腹立たしい気持ちになりながら、そのまま残った10人でカラオケを続けていた。

 今日は、私の送別会。地方勤務が決まって、もうすぐ東京を離れる私のために、大学のサークルで一緒だった仲間が集まってくれたのだ。

 サークルは海外旅行サークル。ちょこちょこ言い出しっぺが計画を立てては、行ける人を募って貧乏バックパック旅行をしたものだった。桑戸剛は私の1つ後輩で、当時私にとっては50人以上いるメンバーの一人で、特によく話をしていた訳でもなかった。大学を卒業してからの関東近辺での飲み会でしょっちゅう会うようになり、それからよく話をするようになったのだ。入学して来た時の印象が、怖そうで若者っぽくなくて融通が効かなさそうに見えたのも、大学時代あまり話をしなかった一因だった。ただ、話をして見ると、その外見とは裏腹に意外と良い人なんだと気付き始めていた。

 カラオケの合間、トイレに行く途中、彼が二つ隣の部屋のソファーに寝転がっているのを発見した。「何だ、まだいたんだ」とちょっとほっとした気持ちになりながら、とりあえずトイレに行った。

 トイレの中で、どうしようか悩んだ。何となく、彼をそのまま放置して部屋に戻る気分になれなかった。ついさっき見た彼の寝顔が妙に気になっていて、彼にキスしたい衝動にかられていた。私って何か変だろうか? 変態? それとも、これって普通?

 ドキドキしながら、彼がいる部屋に行った。ドアが半開きになっていて、ソファーに寝転ぶ彼の足が廊下からも見えた。部屋は7〜8人は入れそうな部屋で、誰もいないその部屋は薄暗く、ソファーの大きさも良いサイズで、うたた寝するのに丁度いい感じに整っていた。

 ドアを全部閉めるのははばかられた。さっきよりも少しだけ閉じ気味にして、音を立てないようにして中に入った。彼は全く気付いていないように寝入っていた。そして、彼の顔の前のフロアにしゃがみ込んだ。彼はまだ気付いていない。

 どうしよう・・・。ここまで来たものの、自分の大胆な行動に自分で驚いていた。早く気が付いてよ、そうずっと願っているのに、全く気付かない彼。ただ、気付いてほしい気持ちと、気付かれたらその後どうしたらいいんだろうという不安が自分の中に混在していた。

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タイムカプセル - 2

 『亜美さん。信じて下さい。このタイムカプセルを飲むと、本当にあなたが一番帰りたい時間に戻れます。』

 う、嘘に決まってんじゃん。

 『嘘ではありません。』

 私の考えていることが、全て読まれているような気がした。

 『亜美さん。あなたには今一番戻りたいと思っている時間がありますよね?』

 剛君のことが気になりながら、結局何もできずにこうやって隆一と結婚してしまった。最近、ずっとあの分岐点ともいえる時期が頭を離れなかった。あの時に、もし剛君に声をかけていればきっと私はもっと幸せになれたのかも知れない。とてもそんな気がして、あの時間に戻れればといつも思っていた。きっとそれを、このパソコンの中から私に呼びかけている誰かは、知っているのだ。

 『その時間にあなたを戻してあげます。』

 でも、これをどうやって信じればいいの?

 『信じてもらうしかありません。何も証明はできませんが。』

 これを飲んでもし死んじゃったら?

 『そんなことは絶対ありません。』

 ほんとに? どうしてそう言い切れるの?

 『信じてもらうしかありません。』

 タイムカプセルか。本当にあの時間に私を戻してくれるのかなあ。そうだったらどんなに幸せか・・・。

 『大丈夫です。かならず戻れます。』

 ほんとに?

 『ほんとです。』

 「ふ〜ん、じゃあ、そのタイムカプセルっていくらするの?」

 私は初めて声に出して言った。

 『無料です。』

 うそ?

 『本当です。』

 なんで?

 『なんででもです。』

 じゃあ、注文はどうしたらいいの?

 『亜美さんがほしいと言ってくれれば、すぐにでも配達させます。』

 「ほしい。」

 とりあえずそう言ってみた。きっと騙されているのだ。からかわれているのだ。何も起こらないに決まっている。パソコンはその後、何も反応しなくなった。気が付いたら、あのタイムカプセルの画面はなくなり、右上のカプセルのアイコンもなくなっていた。

 その後すぐに、ピンポーンとドアベルがなった。

 いつもの宅急便のお兄さんだった。

 「小林さん、宅急便です。受け取りのサインをお願いします。」

 「どうも、ご苦労様。」

 いつものように荷物を受け取る。

 誰からだろうと思ってみると、送り主の所は白紙だった。そして、中味の所に、タイムカプセルと書かれていた。驚いて袋を開ける。あのネットで見たものと同じような色で形の物が、一錠だけ、透明のプラスティックの箱に入っていた。それだけだった。

 ほんとにネットで言ってたタイムカプセル? ほんとに私の行きたい時間に戻れるの? ほんとに死んだりしないの? 色んな疑問の中にいながら、それでもその錠剤に興味が湧いていた。今のこの時間に、ここに、関わっている人々に、全くと言っていいほど未練がなかったからだ。

 もう、どうでもいい。

 私はキッチンに行って、コップに水を入れた。そして、衝動的にそのカイムカプセルを口に入れ、水で流し込んだ。

 痛くも痒くもなかった。ただ、体がふんわりと、ふわふわしてくる感じになって、意識が遠のいて行く気がした。

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タイムカプセル - 1

 ある日、いつもの日課のネットサーフィンをしようとパソコンの前に座った。

 もうすぐ母の日だ。自分の母親と隆一の母親に、とりあえず何かを送らないといけないだろう。いやいやながら、今年もとりあえず送ることにしていた。きっとそれが無難だ。私にはまだ、それを止める勇気はなかった。実家の母はまだいい。しかし、隆一の母親にはもう飽き飽きしていた。プレゼントなんて送る気にもなれないが、送らなければまた酷い仕打ちを受けるんじゃないかと思うと恐ろしくて、だから機械的に送るだけだ。気持ちなど込めてもいない。

 そんなこと面倒臭いと思いながらも、とりあえずパソコンの前にいた。

 いつものように電源を入れると、すぐにインターネットソフトが開き、自動的にネットに繋がった。いつもの検索エンジンのトップページ、右上に不思議な形のアイコンがあった。小さな横長の楕円形で、左側が赤、右側が白で、まるで薬の錠剤のような形をしていた。

 普段はないものだ。

 不思議に思って、そのアイコンをクリックした。

 『タイムカプセル販売します』。

 そこにはそう書いてあった。

 その日この広告を見た初めの1名にしか見えない広告らしく、その1名にだけしか販売しないタイムカプセル。それは小さな紅白の錠剤で、それを一粒飲むと、自分が今一番戻りたいと思っている時間に自分を運んでくれると言う。薬が切れて、現実に戻って来ることもない。そのままの世界で、もう一度自分をやり直せる、と書かれてあった。

 そんな馬鹿な、と思った。そんな物があるのなら、誰だって欲しいに決まっている。きっと何かの罠だ。注文のアイコンをクリックすると、それだけでいきなり莫大な金額の請求が来たりするのだ。きっと詐欺に違いない。そう思った。

 『小林亜沙美さん。何を迷っているんですか。』

 ネットが私に呼びかけていた。びっくりして、パソコンの画面に釘付けになった。どうして私の名前が・・・。

 『これは、今日、あなたにだけ提供された、最高のプレゼントです。』

 ちょっと怖くなった。誰かが何処かで私のことを監視しながら、これを書いているとしか思えなかった。

 『亜沙美さん。いえ、亜美さん。大丈夫です。これはあなたを騙すためのものではありません。あなたを助けたいのです。』

 ど、どうして、私が亜美って呼ばれていることまで知ってんの? だ、誰?

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